中国で迫害を受けた人たちを受け入れる役割もありました。 少なくとも「日本のなかの東京」「日本のなかの大阪」みたいなポジションではありません。 そうした未来を未然に防ぐために、103万人もの香港デモが起きたのですね。 それからの香港は活気ある貿易港となり、1950年代には製造業のハブとして経済成長を遂げた。 で、この時、中国とイギリスとの約束に「今後50年間は中国は香港に自治を認めること」という約束を交わしたのです。 1997年に香港が中国に返還されて以来、最大級の規模。 警察でもないデモ隊でもない、その白T軍団の正体はなんとヤクザ。
次の政府が市民を弾圧し、たくさんの人が血を流している。 しかし、もっと民主的な方法とはどうあるべきかについては、様々な意見がある。 そうなると香港人には人権がなくなってしまうし中国のいいなりってことになるよね。 これが「一国ニ制度」と言われるものです。 5つの目的 香港のデモはどんどん拡大しているんだけど、その中で市民が要求しているのは実は「逃亡犯条例の改正案」以外にもあるんだ。
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そして、アメリカでは15日に「 香港人権・民主主義法案」が下院を通過。 お前のところの国、怪しいヤツがいるんだけど逮捕してくれや」 という言い分が通ってしまいます。 というかデモに参加していない一般市民にまで被害が出ているそうです。 9月2日には、デモ参加者を地下鉄の車両まで追いかけ催涙スプレーを噴射し、警棒で殴打することも行われたようです。 このように高度な自治権を認める制度を「一国二制度」といい、この制度が適用される地域は「特別行政区」と呼ばれます。
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香港の人口は約750万人なので、4人に1人が参加していることになります。 しかし紀元前206年に秦が滅亡すると、紀元前203年に現在の広東省からベトナム北部にかけて「南越国」が成立。 その結果、中国本土とは異なる法制度や文化が発展していったのです。 これからも戦い続けます。 この間、空港ロビー入口でデモ隊と警察隊の衝突が発生したり、デモ隊を撮影していた中国の環球時報の記者が中国の警察関係者ではないかと疑われ、一時拘束されるという出来事も発生。 日本でも中国人による「爆買い」が流行った時期がありましたが、中国本土と隣接している香港には中国本土からの旅行者が日々大量に押し寄せてきています。 「この条例改正がまかり通ったら、香港もウイグルみたいに普通に暮らしてても中国共産党の一存で犯罪者にもされたり、強制収容所に送られたりするんじゃね?」 という考えにいきつきます。
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だからこそ、香港がその核となる法治主義と自由を失っていけないと強く思う」 中国の国歌に敬意を表さないと罰せられる最近の法律や、民主派および独立派の議員の資格はく奪、独立派活動家の拘束といった政府の動きを批判する若者もいる。 こうした学生たちの動きを、親たちはどう思っているのだろうか。 これは有権者のわずか6パーセントからなる選挙委員会により選出されます。 議席の大部分は、親中派の議員が占めている。 3月31日のデモも民陣が実施したもので、参加者は主催者発表1万2000人、警察発表で5200人でした。 毎日海を見ながら、山を見ながら、ビル群を見ながらぼーっとできる素晴らしい場所だった。 今後、上院で可決され、トランプ大統領が署名をすれば、発効することになっています。
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また、SNSでは当局によるデモ参加者に対する締め付けが批判を浴びています。 2人がナイフを持つ親北京派に攻撃され、重傷。 そのころの中国は清朝です。 政治的、経済的、文化的な差異があることから、香港には強権的な中国政府に対する不信感があるといわれています。 そんな一方的な香港政府に対して危機感を覚えた香港市民が抗議行動を起こし、100万人以上のデモに発展しました。 中国の国営メディアは4~5時間以内に30本も記事を出して、アメリカに猛烈に抗議したそうだよ! まとめ この記事では香港人権法案について解説しました。 デモというやり方が正しいかはわかりません。
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2019年逃亡犯条例改正案については、海外からも懸念の声があります。 だけど、香港は国として独立しているわけではない。 といっても昔の中国は色んな王朝が戦争しあって滅ぼし合っていたので、香港の人たちも中国の統治下にはいたけども、王朝交代のたびに色んな政治的理由に巻き込まれて迷惑だったことでしょう。 その中でも決して無視できないのが、香港人の「中国に対する不信・アレルギー」だと思います。 50年間は香港は資本主義のまま。 今後、一国二制度がどのように変化するのか、世界の一員として、そして、アジアの一員として、ニュースに注目していく必要があると言えるでしょう。
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2014年のデモは数週間にわたって続き、香港人が自分たちで行政長官を決める権利を求めていることが浮き彫りになった。 それにデモ隊は武器なんか持っていないのに、そこに催涙弾を打ち込むっていうのはどうなのかな? この時点で話し合いの解決ができていたら、今とはまた違った状況だったんじゃないだろうかと私は思う。 改正案が審議される予定だった12日も、立法会(議会)周辺で大規模デモ。 トムさん(20)は12日のデモで物資の供給を担当した。 香港の今の若者にとって、2047年はすぐ目前に迫っている。 私はただそこに立っているしかできなくて、大きく心を揺さぶられるばかりだった。
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