同じほど、それより下臈(げらふ)の更衣たちは、ましてやすからず。 」とて、いと 口 くち 惜 お しと思へり。 光源氏の最も信頼している部下です。 主題歌の作詞は田辺自身による。 花は散るおぼろ月夜の宴の巻• と聞こゆるほどに、 僧 そう 都 ず あなたより来て、 と申し上げているところに、僧都があちらから来て、 「こなたはあらはにや 侍 はべ らむ。 楽天AD [古文・原文] この御子三つになり給ふ年、御袴着(おはかまぎ)のこと、一の宮の奉りしに劣らず、内蔵寮・納殿(くらつかさ・おさめどの)の物を尽くして、いみじうせさせ給ふ。
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田辺聖子『光源氏ものがたり 上』角川文庫 15835、角川書店、2009年(平成21年)8月• 信頼できるやつしか連れてかない。 尼君は、(若紫の)髪をかきなでながら、「髪をとくことを嫌がりなさるけれど、きれいなお髪ですね。 」とて立ちて行く。 『新源氏物語』においては「わかりやすくするため」に田辺の解釈に基づいて、さまざまな解釈が成立しうる原典の記述が一定の解釈以外は成立しえないような記述に代えられていたり、さまざまな原典にない情報が書き加えられたりしているが、そうした要素の踏襲に田辺の『新源氏物語』からの影響が読み取れる。 何ごとをかは聞こえ尽くし給はむ。
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人は思ひ寄らぬことなれば、「この月まで、奏せさせ給はざりけること」と、驚ききこゆ。 故姫君は、十ばかりにて殿に 後 おく れ給ひ しほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。 」と、帝がご心配して下さっているらしいのも、恐ろしいばかりのことに思われるのである。 舞台化作品 [ ] 詳細は「」を参照 田辺版『新源氏物語』をもとにした のミュージカル『新源氏物語』が、の脚本・演出でに(主演)により初演された。 (2015年9月4日掲載、2015年9月4日閲覧) 外部リンク [ ]• ( S )いづ方へかまかりぬる。 『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。 それで近所に、知り合いの坊主の家があるのですが、そこを女性たちがウロチョロしてるので、源氏は興味を持って覗くと・・・すごーくかわいい女の子が「雀が逃げたよぉ」と泣いています。
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そうこうしているうちに、あの子を父親の兵部卿宮が引き取るという話を、源氏は聞きつけます。 かしこき御蔭をば頼み聞えながら、落としめ 疵(きず)を求め給ふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞし給ふ。 おのがかく今日明日におぼゆる命をば、何とも思(おぼ)し たら で、すずめ慕ひ たまふほどよ。 尼君、「なんとまあ幼いことよ。 こぎれいな女房が二人ほど、それから召使の少女たちが(部屋を)出たり入ったりして遊んでいる。 。 命婦の君ぞ、御直衣(おんなおし)などは、かき集め持て来たる。
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御簾を少し上げて、花をお供えするようです。 聞き分けもなくていらっしゃるなぁ。 4月、病で藤壺(23歳)が里下がりし、源氏は藤壺の侍女の手引きで再会を果たした。 ダメな子ね。 従者はお帰しになって、惟光朝臣と一緒に家の中をのぞき見なさると、ちょうどこの西面の部屋に、持仏をお置き申し上げて勤行しているのは尼なのでした。 少納言乳母とぞ人言ふめるは、この子の後ろ見なるべし。
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垣間見しようかって。 あどけない少女 これほどに美しい場面はないというくらい、あどけない紫上を初めて源氏が見た時の様子です。 訳『源氏物語』刊• 」 とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見給ふ。 」と、しみじみと(心を動かされて)御覧になる。 」と、これ以前に存在した作家による現代語訳である『与謝野源氏』、『円地源氏』、『谷崎源氏』、『村山源氏』等よりもさらに初心者向けの入門的な作品であると位置づけている。 上の、おぼつかながり、嘆ききこえ給ふ御気色も、いといとほしう見たてまつりながら、かかる折だにと、心もあくがれ惑ひて、何処にも何処にも、まうで給はず、内裏にても里にても、昼はつれづれと眺め暮らして、暮るれば、王命婦(おうみょうぶ)を責め歩き給ふ。 物思う人の手習の巻• 126-157。
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上達部・上人(かんだちめ・うえびと)なども、 あいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。 またゐたる大人、「げに。 単行本版• からすなどもこそ見つくれ。 写本 [ ] (元年)10月、「定家本」のうち「若紫」1帖が旧大名家の子孫宅で発見されたと発表した。 (女の子は)「雀の子を犬君(いぬき=遊び相手の女の子の名前)が逃がしてしまったの。
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