こよろぎの磯の波を分けて沖に出てしまったのでしたか。 次は、秋の深まりに、人恋しさを感じた歌。 「なむ」は未然形について希望をあらわす助詞。 「くろがねの秋の風鈴」を鳴らした風も、その山里を吹く優しい風であったのです。 新千載集にも採られたが、第二句を「風をさまれる」とし、聖帝の御代を讃美する意図をいっそう明確にしている。 平安時代初期の歌人、書家。
次の瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば ましてしぬはゆ 何処より 来りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安眠し寝さぬ 作者:山上憶良(万葉集) 意味:うりをたべると子どものことが思い出される。 清和天皇の后藤原高子より祝儀として白い大袿を賜わり、お礼として詠んだ歌。 「住の江の 岸による波 よるさへや夢のかよひ路」の歌が、『古今集』恋・559と百人一首18番にも選ばれている。 興味深いことにこの歌は図らずも、赤子の成長のプロセスと符合しているわけです。 意味は「(視覚的に)はっきりとしている、明瞭な」になります。 平安時代の紫式部と 同時代の歌人で、「三舟の才」ありといわれた大納 言藤原公任(きんとう)は、「朝まだき嵐の山の寒 ければ紅葉の錦きぬ人ぞなき」と詠みました。
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しかし、笛の音の興趣を雅楽 の「秋風楽」になぞらえて、男女の間の機微を訪れ る「秋風」とそれに応える「荻の葉」に見立てるな ど、趣向の面白さを感じさせます。 【補記】晩秋に「くらぶ山」を越える、という設定の歌。 文法と語の解説• (『大和物語』第148段より) ひとり住まいの女の心細さがよくわかります。 「さやかに」 「さやかに」は形容動詞「清(さや)かなり」の連用形です。 また、古来、 秋の訪れは風によって知覚されるものでした。 藤の花房の群を紫雲(めでたい雲)に喩えている。 私は旅をしている身ではないけれども。
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万葉の時代にこのような子どもへの思いを歌ったものはめずらしいですが、いつの世にも共感を誘われるものです。 この後の物語は、女が身分の高い人に仕え、その 人の妻となり、生活が豊かになったところで、昔の 男を探し、再会するという展開をみせるのですが、 結局、昔の男は蘆を刈って売りあるくような自分の 身の上を恥じて逃げてしまうという、悲しい結末を 迎えます。 女につかはしける わが恋のかずをかぞへば天の原くもりふたがりふる雨のごと (後撰795) 【通釈】あなたに対する私の恋を数に置き換えれば、空いちめん掻き曇り降る雨のようなもので、とても数えられるものではない。 総合教育審議会の委員と懇談の機会を持った時、教育界にこの審議会の存在があまり知られていないので、広報してほしいとの申し入れがありました。 そうすると確かに「風の音」が現実味を帯びてきます。
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ただでさえ「くら」い「くらぶ山」は、木の葉が散り乱れて見分けがつかずに。 春 の苑紅にほふ桃の花下照る道に出て立つ少女 作者:大伴家持(万葉集) 意味:春の園の、桃の花が紅の色美しく映えている道に出て立つ乙女の姿よ。 や 行 山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば 作者:源宗干(古今集) 意味: 山里は冬がことに寂しさが加わることだ。 甲州の農村に暮らす蛇笏は、 山里の風物を丁寧に句に折り込んでいました。 が、 やはり 待ち遠しいですよね。 白い花もあるけど、自然ではほとんど赤い花だよ。 「風」は一年中吹いているにもかかわらず、秋に限定しているのは風の変化を顕著に感じられる季節だからでしょう。
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「おどろかれぬる」の「おどろく」は、漢詩に多い表現で、「はっとしてそう気づいた」という意味でしょう。 昨日こそ早苗とりしかいつのまに稲葉そよぎて秋風の吹く 作者:読み人知らず(古今集) 意味:ほんの昨日早苗を取ったと思うのに、いつの間にか稲葉がそよいで秋風の吹いていることだ。 本名は武治(たけはる)です。 片側は涼しい風が吹いているんだろうなあ」と言う意味ですが、 これは、夏の終わりのうたです。 四季の歌を春夏秋冬の順にあわせて収録しており、この歌は秋の部の巻頭歌に選ばれています。
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蔵人 くろうど 、図書頭 ずしょのかみ 、春宮 とうぐう 大進などを経て、従 じゅ 四位上右兵衛督 うひょうえのかみ に至った。 ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく 作者:太上天皇(新古今集) 意味: ほのぼのと春が空にはやって来たらしい。 したがってこの歌もそれを踏まえて詠まれたのであり、実景をそのまま詠んだわけではなく、写生的な要素のまったくない心象風景の歌であるのです。 「くろがねの秋の」という出だしの言葉から、「くろがねの秋」とは何だろう?と一瞬考えさせられます。 大好評の柴田克彦さんによる特別連載「イ・ムジチの春夏秋冬」が、早いもので~秋編~を迎えました。
次の我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも 読み:わがやどの いささむらたけ ふくかぜの おとのかそけき このゆうべかも 作者 大伴家持 巻19-4291 現代語訳 私の家の小竹林に、夕がたの風が吹いて、幽かすかな音をたてている。 雑 寛平御時に、うへのさぶらひに侍りけるをのこども、甕をもたせて、后の宮の御方に大 御酒 みき の下ろしと聞えに奉りたりけるを、 蔵人 くらうど ども笑ひて、甕を 御前 おまへ にもていでて、ともかくも言はずなりにければ、使の帰り来て、さなむありつると言ひければ、蔵人の中に贈りける 玉だれの子亀やいづらこよろぎの磯の波わけおきにいでにけり (古今874) 【通釈】 題詞:宇多天皇の御時、清涼殿の殿上の間に侍っていた侍臣たちが、酒を入れる甕を使に持たせ、皇后宮(班子女王)の御所へ大御酒のお下がりを下さいとお願いしに差し上げた。 家集に『敏行朝臣 あそん 集』がある。 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも 作者:大伴家持(万葉集) 意味:春の野に霞がたなびきうら悲しい。 木 の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は気にけり 作者:読み人知らず(古今集) 意味:木の間をもれてさす月の光を見ていると、物思いして心をくだく秋がきたことだ。 万葉の時代より親しまれてきた短歌は、明瞭な四季を持つ日本ならではの文学といえます。 石 見のや高角山の木の間よりわが振る袖を妹見つらむか 作者:柿本人麻呂(万葉集) 意味:石見の高角山の木の間から、私が振る袖を妻は見ただろうか。
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