ポスト全体主義の特徴として、権力が匿名化されている(p. これらはそのまま、現在の安倍政権の真実と志向するものを批判した一文と考えて何ら間違いが無いように読めます。 「もし「私は恐怖心を抱いているので、ただただ従順なのです」 というスローガンをショーウィンドウに置くとしたら 店主はスローガンの意味するものについて、無関心ではいられないだろう」 もしこんなスローガンをおけば、「店主はためらうし、恥ずかしく思うだろう」と。 対話できる機会があることが大事だ、とおっしゃっていました。 これはどういうことかというと、 「ハヴェルは、体制を変えるのには抵抗(非暴力的、暴力的なものを含める)があったが、 ポストには抵抗よりも合法だ、と考えた」 だから、決まり事を守ってください、というな文章になった、と。 子どもたちの進学が危ぶまれる(p34) ・1974年、私がビール工場で勤めていたころ、上司はSという人物だった。 内容は『NHK 100分 de 名著 ヴァーツラフ・ハヴェル『力なき者たちの力』』で分かりやすく解説されています。
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ところが、ソ連をはじめとした社会主義陣営(東側陣営)は、これを許さなかった。 その環境では、政治的スローガンを店先に掲げろ、と言われても、 受け入れるしかない、という状況が前提のお話です。 専門は、中東欧文学、比較文学。 それよりも「思っていることを自由に表現できる」「警察に監視されない」「威厳をもって人間らしく暮らせる」といった、最も基本的な「生の領域」に働きかける新しい形の運動が必要だというのです。 ただ自分たちの好きな音楽を演奏し、真実の生を謳歌したいだけだった「プラスチック・ピープル」のメンバーが治安紊乱罪で逮捕。 ハヴェルによれば、全体主義は、消費社会の価値観と緊密に結びつく形で「ポスト全体主義」という新たな段階を迎えたといいます。 というわけで2回目は「真実の生を生きるために」どうするか、のお話です。
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20-21) 消費の価値体系にとりつかれた人間、大衆文化の混合物の中にアイデンティティが「融け」、自分が生き残ることしか考えず、高次の責任を意識せず、存在の秩序に根ざしていない人間は、堕落した人間である。 283• 7) イデオロギーとは世界と関係を築いていると見せかける方法のことであり、自分はアイデンティティも威厳もある倫理的な人間であるという錯覚を人びとにもたらし、その一部となることを容易にする。 正確に言うと公的には読めないと思います。 59)」とか、「前-政治的」なものを絶やさないという戦略の方に共感を覚える。 6月の「100分de名著」では、カントの「」を取り上げている。
次の今月は「力なきものたちの力」 指南役は文学者のさんです。 何しろチェコ語は読めませんから全体像を掴むことはできませんでした。 訳書に、ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』(河出書房新社)、同『剃髪式』(松籟社)、パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ』(共訳、白水社、第一回日本翻訳大賞)、デレク・セイヤー『プラハ、二〇世紀の首都』(共訳、同)、カレル・ヤロミール・エルベン『命の水チェコの民話集』( 西村書店)、ヴァーツラフ・ハヴェル『力なき者たちの力』(人文書院)など。 しかし権力者たちはそれを中傷文とみなしてしまい、 エシュは追放されてしまった… 「エシュは真実を言うことで一線を越え、 敵というレッテルを貼られ、「下位市民」となり、 何を言ってももはや原則的に耳を傾けられることが無い。 そして、互いに権力を受け入れるよう強制しあうようになる。 第三回は、ハヴェルが「並行文化」と呼ぶ市民たちの活動に注目し、その可能性を深く考察する。 」より() … 1970 年代のチェコスロバキアは、東欧でも最も過酷な全体主義体制の只中にありました。
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164• ショッピングの各種ポイントキャンペーンは対象外です. 著書に『イジー・コラーシュの詩学』(成文社)、『複数形のプラハ』(人文書院)、『カレル・タイゲ ポエジーの探求者』(水声社)など。 1989年、世界に激震を走らせた「東欧革命」。 あの螺旋を描いて進むような、多面性を有する、慎重な「文体」となっているのだ。 現在、東京大学人文社会系研究科准教授。 。
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135• 本書はハヴェルらによるが成功する前の1978年に書かれ、地下で読み継がれてきたものだが、日本ではようやく2019年になって翻訳されていることを知って驚いた。 統計資料を偽造する。 「飾り」がないじゃないかと咎められるかもしれない(p15) ・イデオロギーは体制と人間のあいだの「口実」の橋となり、体制が目指すものと生の目指すもののあいだの大きな亀裂を覆い隠す。 ほんとのことがあっても言えなくなってしまう」と。 この著作には、ハヴェルが展開してきたそうした運動のアイデアや方法がリアルな形で書き綴られています。
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ビールの製造のことをよく理解し、貴族のような誇りを自分の仕事に持っていて、工場でよいビールを造ることだけを考えていた・・・工場の主導を握っていたのは、この分野にそれほど詳しくもなければ、この仕事にたいした関心もない、けれども政治的に影響力を持つ人びとだった。 ポスト全体主義と表現される体制側に 何度も投獄されるなかで、この本を書き上げ、 市民による非暴力活動で民主化を果たしたと されています。 これは、何よりも、ハヴェル自身がディシデント(反体制派/異論派)と呼ばれた頃から変わらず続けてきた「真実の生」の実践でした。 1963、ハヴェルは戯曲家としてデビューする しかし「正常化」の時代となり、自由に活動できず、 当時のフサーク大統領に文化活動規制への抗議の書簡を送っている 「文化が規制されることにより、 将来民族の精神、倫理面での能力が、どれほど深刻に失われることになるか」 「現在の権力の利益のために、 民族の精神の未来を犠牲にした人々の歴史的罪は、その分重いものとなる」 こういう行動をとっていたので、ハヴェルは何回も反体制派として逮捕されるが、 その中で書き上げたのが「力なき者たちの力」 地下出版扱いの本だったが、人々に広く読まれ、勇気を与えたそうです この本を書いた10年後、で「」がおき、 その後大統領に就任した彼は、こんな演説をしている(映像も残っていました) 「政権は、私たちを抑圧しました。 そして、他人の仕事には素直にありがとう、と感謝すること… 「嘘の生」は、や体裁や組織を守る、ということが至上命題となっている。 「堕落した存在」、疎外、現状への迎合を隠すことのできるヴェールである。 それこそが「真の生」であって、それが実現できれば みんなにとって心地よくて、温かみのある世の中になっていくのかな、と思いました。
次のそんな「ポスト全体主義」と呼ばれるかつてのチェコスロバキアの社会主義体制と劇作家ハヴェルはどう闘ったか? 今回取り上げた「力なき者たちの力」は、ハヴェルが仲間たちと積み重ねてきた経験や知恵を抽出する形で書かれた名著です。 この困難な状況のなかで、私たちに残されているのは冷静に対処することだけなのです」 この「」事件の影響について、阿部さんは 「作家、文化人、知識人が亡命を余儀なくされてしまった。 うたたねしてても構わないよ。 入手できないこともございます。 『 自分が傲慢になっているのではないかと幾度となく感じるので、前節は、個人的な考察のテーマとして留めておくことにする。 2510• 私たちが、私たち自身の「弱さ」を隠蔽して「賢い人」や「立派な人」を演じたいと思う、その心の隙に「建前的な標語(キレイゴト)」が食い込んできて、いつの間にか私たちは、「自動運動化した体制」に組み込まれた「無思考のロボット」になってしまう。 ハヴェルの『力なき者たちの力』はアラブの春にも影響を与えている。
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