エドヴァルドがズーで、犬のバディというパートナーがいる。 』 フロイトが提起した「自我」と「超自我」の葛藤が描かれています。 8キロ太った。 濱野:そうなんですよね。 調査の過程で、ズーたちと密接に付き合うなかで、彼らに対して真摯であるためには、わたし自身も率直でいなければならないと常に感じていました。 38歳の時だった。 開高健賞「聖なるズー」濱野ちひろさんインタビュー セクシュアリティーの未来示す 濱野ちひろさん 動物を「パートナー」として愛し、ときにセックスをする、「ズー」と呼ばれる動物性愛者がいる。
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まず、動物性愛について説明いただけますか? 濱野 普通に生活しているとなかなか出会わない言葉ですよね(笑)。 その経験をいつか言葉にしなくてはならない、書かなくてはならないという思いがありました。 インタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。 「ズー」とは、「共に暮らす動物をパートナーとして扱い、なかにはセックスまでする人々」のこと。 『聖なるズー』は議論を呼ぶ内容だと思います。 ジャンルでさがす• たとえばミヒャエルという男性は、パートナーの犬が求めてこないので、セックスは一切しない。 また、セックスはせずにマスターベーションをサポートして、動物の性をケアする人々もいます。
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様々なことがあったから、今があります。 これからもきっちり取り組んでいきたいです。 結婚・出産・仕事……すべての課題に落第して 35歳当時、私は「一生食っていける!」と思える専門性もなければ、やっと巡り会えた素敵な彼氏とも、好きという気持ちでだけはうまくいかずに別れた直後だった。 ゲストに迎えるのは、黒ラブラドールレトリバーの愛犬「ハリー」との日常を綴ったエッセイを刊行されている、翻訳家でエッセイストの村井理子さん。 それは、一般的なインタビューとは違うんです。
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結婚や出産、安定した収入など 重要課題のすべてに私は落第していた。 絶界の孤島で1家族だけで暮らしているのであれば別ですが、家族は本来オープンなシステムなのです。 京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍中。 そこで、ズーの家に泊めてもらい、一定期間生活を共にして話を聞くという方法を取ったのです。 だが、犬を性的対象として見るあなたはおかしい、と断ずることが、現に「そうある」人たちにとって一体何の意味があるのか。 そして、戸惑いつつ、希望のかけらを見出していくー。 裸のぶつかり合いが常態ともいえます。
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さらに、文化人類学という学問の特性も相俟って... そして、ワケがわからない!という状態でフィールドから戻ってきて、いざ論文を書くときに、考えに考えて、最後にいろんなものがつながってくる。 これについては、別の機会で取り上げようと思います。 自分を試される本、だと思う。 第17回開高健ノンフィクション賞を受賞した、濱野ちひろさんの『聖なるズー』。 ズーが議論の俎上に載せられることが、彼らにとっては大きなことなんです。
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エドヴァルドが誰にも打ち明けられなかった話を聞いて、本当にかける言葉も見つからないくらいで。 選考委員の藤沢周氏がいうように、「この作品は『セックス』のみの問題ではない。 『…私自身もカトリックだ。 要するにちょっとええかっこしい、だと。 しかし読み進めるにしたがって、その反応こそがダイバーシティの対極にある「偏見、差別」であることに気づいた。 この時、本当に一歩を踏み出したのかもしれない。
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