てめえも熊に生まれたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。 鉛の湯の入口に『なめとこ山の熊の胆あり』という昔からの看板もかかっていました。 それからあとの小十郎の心持はもう私にはわからない。 けれどもどうして小十郎はそんな町の荒物屋なんかへでなしにほかの人へどしどし売れないか。 小十郎だって罠などを使えばもっと楽に取れるわけだし、旦那にヘコヘコするのもつらいだろう。
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小十郎は胸が一杯になり、音をたてないようにこっそりと、風が吹いて気配を悟られないように思いながら、後ずさりした。 そのときは大ていの熊は迷惑そうに手をふってそんなことをされるのを断わった。 また、青空文庫で読むことができます。 交流というより、殺すか殺されるかの勝負、といった方がほんとうは正確なのだろう。 いのちの尊さは、生きとし生けるものものすべて同じです。
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3.小十郎と熊の関係、「鉄砲」の意味、因果について考える。 熊 母子熊、小十郎に命を差し出した熊、小十郎を打ち殺した熊が登場する。 まったく熊どもは小十郎の犬さえすきなようだった。 因果=原因と結果。 宮沢賢治は、自ら菜食主義を試みるほど無益な殺生に嫌悪を感じる人であり、『注文の多い料理店』に登場するような娯楽的な狩猟を軽蔑していました。 「おまえは何がほしくておれを殺すんだ」 「ああ、おれはお前の毛皮と、 胆 ( きも )のほかにはなんにもいらない。 家族のこれからの生活は大変だけれど、小十郎にはよく生きたたとほめてあげたいです。
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「これが死んだしるしだ。 そこがちょうど銀の鎧(よろい)のよ うに光っていました。 うれしいことに、1日目は晴れました。 滝は見えるのかしら、と訝しく思いながらしばらく歩くと、林道脇に柵が作られた展望台のようなところがありました。 生きていくために熊を殺す、殺されるのは因果であるとしか説明のしようがない。
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そこをガサガサ三里ばかり行くと、向こうの方で風が山の頂を通っているような音がする。 女性の一生は、子供が独立するときに一つの大きな区切りを迎えます。 8 熊の死に方とその意味を考える。 二人に気づかれないようにこっそりこっそり笹小屋に戻っていく小十郎。 ・熊に対して罪滅ぼしができた喜び。
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小十郎には家族を養えるほどの畑はなく 、山林は政府のものとなって伐採が禁じられ、里では職にありつけず、熊を撃つしか家族を養う道がなかった。 『ああ僕はたった一人のお友達にまたついうそを云ってしまった。 小十郎はまっ白な堅雪の上を白沢の方へのぼって行った。 明けて一月のある日、小十郎は、『水に入る(猟を始める儀式)が初めて嫌になったような気がする』と母親に弱音をはいて山に入ります。 なぜか、淵沢川は豊沢川のことに違いないという感じがしましたし、中山街道にしろ、大空滝にしろ、鉛の湯にしろ、行ってきたばかりの場所ではありませんか。 b 「淵沢小十郎の気持ち」 私がこの話聞いて思ったこと、考えたことは、小十郎が熊を誤って殺してしまってよかったなぁということです。 一人でぶつぶつまるでお経のように唱えていただくのです。
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そんなところからも『十牛図』よりこちらの方がお手本にしやすかったのです。 ここで語り手は「けれどもこんないやなずるいやつらは、世界がどんどん進歩するとひとりで消えてなくなって行く」と断定せずにはいられない。 それから三日目の晩に雪と月のかりの中の見えたのは、熊どもがたくさん集まってする淵沢小十郎のお葬式の場面です。 そんな死生観の影響もあって余計に『なめとこ山の熊』の方がシックリくるのかもしれません) お経については、昔から綿々と続く素晴らしいものが、ほんとにいろいろあるわけです。 (へりくだっている) ・「どうがなんぼでもいいはんて買ってくなぃ」(値段交渉にはまっている) ・心配そうに顔をしかめた。 5 「音をたてないようにこっそりと」、「風があっちへ行くな」と思いながら立ち去った理由は。 概要 [ ] 水系支流()の上流部に位置する。
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